アイヌの人々1 前田光子のノーブレス・オブリージュ

アイヌの人々1
前田光子のノーブレス・オブリージュ

阿寒湖を訪れる人はかならず一度は「前田一歩園」という名前を見聞きすることだろう。実は「ボッケ自然散策路」を含む阿寒湖周辺の森林約3千800ヘクタールは前田一歩園財団の所有地である。明治政府の農商務次官まで勤めた前田正名は、1906年に国からの払い下げを受けてこの土地を取得する。正名はこれを「一歩園」と名づけ初代園主となり、「前田家の財産はすべて公共の財産とする」という家訓を家族に残す。

二代目の正次の妻であった光子が三代目を継いだのが、1957年。当時の日本はようやく高度成長時代を迎え、北海道にも観光開発のブームが押し寄せてきていた。光子は、開発や木の伐採に対して厳しくのぞむ一方で、かけがえのない阿寒湖の自然を未来にまで守るために財団法人化をめざし、1983年に「前田一歩園財団」の認可を実現させる。光子はまた自然だけではなく、阿寒に暮らすアイヌの人々とその生活文化を愛し、アイヌコタンへの支援を行った。また、前田奨学金を創設して阿寒町の若者たちに進学と自立の機会を与えた。

ノーブレス・オブリージュという言葉がある。西欧の伝統をつらぬく考え方で“高貴なる者、選ばれた者の義務”というほどの意味だ。1970年代に知床半島でナショナルトラスト運動が広まるずっとはるか昔に、「公共の財産」の保護に文字通り命と全財産をかけた一族がいた。今日の阿寒の豊かな自然も、彼らのノーブレス・オブリージュに負うところ少なくないだろう。

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